デトネーションとは、可燃混合気中を超音速で伝播し、衝撃波とそれに伴う反応面との相互作用で維持される燃焼現象です。通常私たちが目にする燃焼はデフラグレーションと呼ばれ、マッハ数にして約0.0001 - 0.03で伝播します。これに対しデトネーションは、マッハ数約5 - 10という非常に高速で伝播します。デトネーションは発生した際に甚大な被害を引き起こすことから、元来は安全工学的な観点から研究が行われてきました。さらに近年では、デトネーションを推進機関へ応用するなどの工学的研究も盛んに行われています。松尾研究室では、数値シミュレーションを用いることでデトネーションを解析し、デトネーションの発生機構および詳細な構造を解明してデトネーションに対する安全対策および応用技術の開発に貢献しています。
ZNDモデル
デトネーションの理論は一次元・定常という仮定から始まりました。つまり、均一な可燃性媒質中を平面的かつ燃焼を伴った波が一定の速度で伝播するものとして簡単化したのが始まりです。その中でも特に、1940年代にZel’dovich、von Neumann、Döringによって各々構築されたZND理論は、デトネーションの一次元的な構造をうまく捉えています。
ZND理論において、デトネーションは先頭衝撃波とそれに続く流体の発熱反応領域から成ります。単純な構造ですが、先頭衝撃波は流体を圧縮し、また化学反応により加熱され膨張した流体はピストンのように先頭衝撃波を押して支えています。この「衝撃波と発熱領域の相互干渉」が、デトネーション伝播メカニズムのポイントです。
デトネーションのセル構造
デトネーションの三重点伝播
デトネーションの伝播が、衝撃波による断熱圧縮と燃焼反応が互いに相手を支持・誘起することで維持されているというのはZNDモデルにて説明しました。しかし先述の一次元的構造は、実際には非常に不安定であり、速やかに反応面と衝撃波が分離、崩壊してしまうことが広く知られています。
現実に安定して伝播するデトネーションはセル構造と呼ばれる多次元的な構造を有しており、これにより定常的な伝播が維持されています。セル構造を維持するためには伝播方向とは垂直に進む横波と呼ばれる衝撃波の存在が非常に重要です。この横波と先行衝撃波の干渉により、分離しかかっていた反応面と衝撃波のカップリングが行われます。また、この干渉点は三重点と呼ばれ、魚の鱗のように見える三重点の跡にはセル構造という名が付けられています。
デトネーションの伝播速度は2000 m/s 以上であり、圧力も10倍から20倍に上昇します。このことからデトネーションを伴う爆発事故が起これば甚大な被害が生じることが予想されます。デトネーションが生じたと考えられる事故の一例として、2001年に起きた浜岡原発1号機の配管破断事故があります。この事故では、配管内に溜まった水素が流れ込んできた高温の蒸気により着火し、デトネーションが生じたことにより配管内の圧力が上昇して破断が起きたと考えられています。その結果、配管内を流れていた放射能を含む蒸気が原子炉建屋内に漏れ出しました。この事故では幸い大きな被害には至りませんでしたが、一歩間違えれば原子炉建屋の爆発など大きな事故につながった恐れがあります。このような事故を未然に防ぐため、また事故が生じてしまった際に被害を低減するためにも、デトネーションの物理化学現象を明らかにする必要があります。
デトネーションの工学的な応用例として、デトネーションを推進機関に用いるデトネーションエンジンが挙げられます。デトネーションエンジンでは従来のエンジンと比べて以下の利点を有しています。
・構造が単純(圧縮機が不要)
・理論熱効率が高い
そのため、デトネーションエンジンは次世代エンジンとして世界中で盛んに研究が行われ、日々技術革新がなされています。2015年にはデトネーションエンジン単体での飛行実証 (1) が行われています。
松尾研究室では、デトネーション研究に関して特にこのデトネーションエンジンに関する研究に注力し、パルスデトネーションエンジン(Pulse Detonation Engine, PDE)と回転デトネーションエンジン(Rotating Detonation Engine, RDE)の基礎および応用研究を行っています。
一般的なPDEの作動過程
PDEは、筒状の燃焼器内で間欠的にデトネーションを発生させることで推力を得るエンジンです。一般的なPDEでは、以下の4つの過程を踏んで作動しています。
Matsuoka et al.が提案する燃料液滴パージ法を用いたPDEの作動過程
PDEの実用化のためには、上記の一連の過程を迅速に行い、デトネーションを発生させる回数を増やす必要があります。そこで高速作動させるための手法が開発・研究されています。その1つに、Matsuoka et al.が提案する燃料液滴パージ法があります (2)。燃料液滴パージ法では次の過程を踏んで作動します。
この手法では燃料液滴を用いており、従来手法では時間を費やした既燃ガスの排出と燃料の充填を短時間で行うことが出来ます。
一般的なRDEの模式図
RDEは一般的に同軸二重円筒形状であり片側閉管になっているエンジンです。リング状の壁面から燃料および酸化剤が別々に供給され、可燃混合気を形成します。この混合気中をデトネーションが噴射壁面に沿って伝播することで、短時間かつ高効率な燃焼を実現します。
近年ではRDEに関する実験や数値解析が盛んに行われていますが、実用化に向けた課題が複数残されています。1つは、デトネーションの伝播速度は約2000 - 3000 m/s 程度であるため、燃料・酸化剤を燃焼室内にて急速に混合させる必要があります。他にも、短時間かつ高温での燃焼現象を扱うため熱負荷が非常に大きいことや、構造上光学的な経路を確保しづらく内部現象の可視化が困難であること等が挙げられます。
また、2016年よりアメリカ航空宇宙学会(American Institute of Aeronautics and Astronautics, AIAA)より Pressure Gain Concept という新たなセッションが追加されました。さらに2017年6月13 - 15日には France, Poitiers にて ”1st International Constant Volume and Detonation Combustion Workshop” が開催され、物理現象としてだけではなく実用的な観点からもホットな研究であります。ここ最近の研究にて、Pressure Gain の獲得がデトネーションエンジンによって可能ではないかと提唱されるようになりました。Pressure Gain とは燃焼器に供給する圧力に対してより過大な圧力を獲得するものを呼んでいます。Pressure Gain の獲得は従来の燃焼器と比較しエネルギー効率の改善・向上を意味します。我々は現在 Pressure Gain の獲得に向けた燃焼器の設計指針についても取り組んでいます。
参考文献
1) Ken Matsuoka et al., “Flight Validation of a Rotary-Valvled Four-Cylinder Pulse Detonation Rocket”, Journal of Propulsion and Power, Vol. 32, No. 2, 2016, pp.383-391
2) Ken Matsuoka et al., “Investigation of fluid motion in valveless pulse detonation combustor with high-frequency operation”, Proceedings of the Combustion Institute. 2016